税金を投じても、食料自給率が上がらない根本原因

なるほど、、、非常に勉強にある。

 

「税金9兆円を投じても農産物生産量は減少」日本の食料自給率がまったく上がらない根本原因
8/29 13:36 配信

プレジデントオンライン

 

日本の食料自給率は4割を切っており、政府は20年以上も自給率向上を掲げている。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「食料自給率は、農業予算を増額するために農林水産省が作ったプロパガンダだ。政府は食料自給率向上を掲げて巨額の税金を投じ、国民は高い農産物価格を負担してきたが、その政策で潤っているのはJA農協で国民の食料安全保障は脅かされている」という――。

※本稿は、山下一仁『日本が飢える!  世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

■食糧安全保障は誰のためのものなのか

食料は生命身体の維持に不可欠であり、国民生活の基礎的物資である。食料安全保障はエネルギーの安全保障と対比されることが多い。しかし、石油や電気がなくても江戸時代の生活に戻ることは可能であるが、食料がなくては江戸時代の生活にさえ戻ることはできない。

問題は、食料自給率の向上、食料安全保障の主張は、誰がどのような意図や目的の下に行っているのだろうかということである。

1918年の米騒動で米移送に反対して暴動を起こしたのは魚津の主婦であって農家ではなかった。終戦後の食料難の際、食料の買出しのため着物が一着ずつ剥(は)がれるようになくなる「タケノコ生活」を送ったのは、都市生活者であって農家ではなかった。このとき、農家は農産物価格の上昇で大きな利益を得た。近くは1993年の平成の米騒動の際、スーパーや小売店に殺到したのは消費者であって農家ではなかった。

■政府・与党が掲げてきた食糧自給率目標

1999年に制定された「食料・農業・農村基本法」は食料自給率向上目標を設定することを規定した。これに基づき閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」では、2000年当時の40%の食料自給率を45%に、引き上げることを目標にしている。

JA農協などの農業団体は、政府・与党に食料自給率向上を強く要請した。不思議なことに、食料危機が起きると生命維持が脅かされる消費者の団体よりも、終戦時のように食料危機で農産物価格上昇の利益を受ける農業団体の方が、食料自給率の向上、食料安全保障の主張に熱心なのである。

食料自給率が低く海外に食料を依存していると言うと、不安になった国民は国内農業を振興しないとだめだと思ってくれる。農業団体は、食料安全保障を主張することで農業保護の増加をもくろんできたのだ。

■食料自給率を犠牲にしても守りたいのは「価格」

しかし、農林水産省やJA農協は、食料自給率の向上に反する方針で、国際交渉に臨んできた。ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉では、米の関税化を避けるために、ミニマム・アクセスという低関税の輸入枠を、関税化した場合よりも多く設定した。

さらに、WTOドーハ・ラウンド交渉では、778%(341円/kgの従量税を従価税に換算したもの)の米の関税に代表されるような高い農産物関税についての大幅な(70%)削減要求を避けるために、代償として、低関税の輸入枠をさらに拡大してもかまわないという対処方針をとった。

TPP交渉では、米、小麦や乳製品の高関税を維持するために、米、小麦では、アメリカやオーストラリアなどに国別の輸入枠を設定したほか、乳製品については、TPP加盟国向けの特別枠を設定した。

低関税の輸入枠を拡大すれば、食料自給率は低下する。農産物貿易交渉での対処方針は、食料自給率向上の閣議決定に反しているのだ。農林水産省やJA農協が食料自給率を犠牲にしてまでも守りたいのは、高い関税に守られた国内の高い農産物価格、とりわけ米価である。

日本の農業保護の特徴は、保護の水準がEUの2倍、アメリカの4倍にも上るとともに、その保護の8割を消費者が国際価格より高い価格を払うことで負担していることだ。

■減反補助金9兆円を交付しても国内生産量は減少

農業は高い価格や財政支出で保護されながら、それに見合う供給責任を果たしてこなかった。人口が増加しているので、農業生産は拡大していなければならない。しかし、図表1が示す通り、輸入穀物をエサとする畜産は拡大しているが、他は、野菜・果物が少し健闘しているものの、全て大幅に減少している。

米の減反には、過剰となった米から麦や大豆などに転作して食料自給率を向上させるという名目があった。転作(減反)にはこれまで9兆円もの補助金が交付されているのに、結果はこれら農業の生産減少だった。

麦や大豆の生産技術を持たない米の兼業農家は、減反の補助金をもらうために麦や大豆のタネは蒔いても収穫しないという対応(“捨てづくり”と言う)も行った。食料自給率は下がり続けた。

■懲りなく同じ失敗を繰り返す自民党政府

2022年、小麦の国際価格上昇によって、自民党政府は国産小麦や大豆の増産を行おうとしているが、以上述べたように、これは50年間も実施して失敗した政策の繰り返しである。

現在毎年約2300億円かけて作っている麦や大豆は130万トンにも満たない。同じ金で1年分の消費量を超える小麦約700万トンを輸入できる。しかも、国産小麦の品質は悪い。どれだけ費用がかかってもアメリカ製よりも国産の戦闘機を購入すべきだと言う人はいないはずだ。

減反で生産を抑制している米なら大幅に増産できる。また、品質的に近いカリフォルニア米と比べて、内外価格差は近年縮小し、逆転すらしている。しかし、自民党政府には米を増産して食料危機に対応しようという考えはない。それはタブーなのだ。

■日本トップクラスのメガバンクになったJAバンク

アメリカやEUの農業政治団体とJA農協が決定的に違うのは、JA農協は政治団体であると同時にそれ自体が経済事業を行っていることだ。JA農協は、農家というより自己の経済的利益のために政治活動を行っている。農家からすれば、所得を確保するために、価格だろうが財政からの直接支払いだろうが、どちらでもよい。しかし、JA農協という組織のためには、価格でないとダメなのだ。

米価維持のための減反政策には、隠れた目的がある。

銀行は他の業務の兼業を認められていない。JA農協は、銀行業と他の業務の兼業が許された日本で唯一の特権的な法人である。減反による高米価で米産業に滞留した零細な兼業・高齢農家は、農業所得の4倍以上に上る兼業(サラリーマン)収入や2倍に当たる年金収入などを、JAバンクの口座に貯金した。莫大な農地の転用利益もJAバンクの口座に入った。こうしてJAバンクは、貯金残高100兆円を超す日本上位のメガバンクに発展した。

この莫大な貯金の相当額を、JAバンクの全国団体に当たる農林中金が、日本最大の機関投資家として、ウォールストリートで運用することで、多くの利益を得てきた。高米価・減反政策とJA農協の特権がうまくかみ合い、JA農協の発展をもたらした。減反廃止は、JA農協が発展してきた基盤を壊しかねない。

食料安全保障とか食料自給率向上とは別の利益を維持することが本音だから、これらを損なう政策をとってきたのは、当然だろう。

■日本政府が最も成功したプロパガンダ

食料自給率という概念は、農林水産省というより政府が作ったプロパガンダの中で、最も成功をおさめたものである。60%以上も食料を海外に依存していると聞くと国民は不安になり、農業予算を増やすべきだと思ってくれるからである。

しかし、食料自給率とは、現在国内で生産されている食料を、輸入品も含め消費している食料で割ったものである。したがって、大量の食べ残しを出し、飽食の限りを尽くしている現在の食生活(食料消費)を前提とすると、分母が大きいので食料自給率は下がる。同じ生産量でも30年前の消費量だと食料自給率は上がる。分母の消費量の違いによって食料自給率は上がったり下がったりするのだ。そもそも指標として不適切である。

逆に、終戦直後の食料自給率は、輸入がなく国内生産量と国内消費量は同じなので100%である。餓死者が出た終戦直後の方がよかったとは、誰も言わないだろう。シーレーンが破壊されて輸入が途絶する食料危機の際も、政府が努力しなくても100%に“なる”。

■ともに飢餓に苦しんだ日本とEUの大きな違い

現在の食料自給率37%の過半は米である。1960年に食料自給率が79%だった時もその6割は米だった。つまり、食料自給率の低下は、米の生産を減少させてきたことが原因なのである。

食料自給率とは、国内生産を国内消費で割ったものだから、国内消費よりも多く生産して輸出していれば、食料自給率は100%を超える。アメリカ、カナダ、フランスなどの食料自給率が100%を超えるのは、輸出しているからだ。

第二次世界大戦後、日本と同じように飢餓に苦しんだEUは、日本と同様、農業振興のために農産物価格を上げた。このため、農産物の過剰に直面した。ここまでは、日本と同じである。しかし、日本が減反で農家に補助金を与えて生産を減少したのに対し、EUは生産を減少するのではなく、過剰分を補助金で国際市場に輸出した。

日本が国内の市場しか考えなかったのに対し、EUは世界の市場を見ていた。これが食料自給率の違いとなって表れている。

■それでも日本の食料自給率は上げられる

世界の米生産は1961年に比べ3.5倍に増加している。残念ながら、農家による宅地等への農地転用などで水田面積は1970年の350万ヘクタールから240万ヘクタールに減少しているが、世界の増産努力を考慮すると、減反を廃止すれば、3000万トンまで生産を拡大できるはずだ。一気にこの水準に到達できないとしても、面積当たりの収量をカリフォルニア米程度に増加させれば、1700万トンの生産は難しくない。

国内生産が1700万トンで、国内消費分700万トン、輸出1000万トンとする。米の自給率は243%となる。現在、食料自給率のうち米は20%、残りが17%であるので、米の作付け拡大で他作物が減少する分を3%とすると、この場合の食料自給率は63%(20%×243%+17%-3%)となり、目標としてきた45%を大きく超える。米生産が3000万トンとなれば、食料自給率は100%となる。輸入が途絶したときは、輸出していた米を食べるのだ。輸出は無償の備蓄である。

医療サービスのように、通常なら財政負担をすれば国民は安く財やサービスの提供を受ける。ところが米の減反は、農家に補助金を与えて生産を減少させ、米価を上げて消費者負担を高めるという異常な政策である。国民は、納税者、消費者として二重に負担している。

麦、大豆と異なり、減反廃止には金がかからないどころか、財政支出を軽減できる。減反補助金3000億円が不要となる。米価低下で影響を受ける主業農家には、1500億円ほどの直接支払いで十分だし、かれらが規模を拡大して生産性を向上すれば、この金も要らなくなる。麦、大豆などへの財政支出は廃止して、その一部を使用して安い穀物を輸入して備蓄すればよい。

■重要なのは生命維持できる総カロリーに対する数値だが…

真剣に食料安全保障の観点から食料自給率を設定しようと思うのであれば、国民が生命を維持できる総カロリーに対して、石油などの輸入も途絶したときに、国内生産で供給できるカロリーを提示すべきである。

それが国民の目に明らかになれば、どれだけ米生産を拡大しなければならないのか、ゴルフ場などを農地に転換してどれだけ農地資源を増大しなければならないのか、国産では不十分な穀物をどれだけ輸入して備蓄しておかなければならないのか、がわかる。

しかし、農林水産省やJA農協が、そのような数値を提示するとは思えない。提示した途端、米を減産する減反政策、農地を簡単に転用させる農地政策という、彼らが推進してきた政策が国民の利益を無視してきたことが白日の下にさらされるからだ。

 

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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、など多数。近刊に『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)がある。
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